離婚届を提出して戸籍上は離婚しているのに、生活の実態としてはまだ夫婦であり、離婚は何か目的があってあえて形だけそのようにしたというようなケースのことを「偽装離婚(仮装離婚)」と呼ぶことがあります。芸能人の離婚が強制執行逃れを目的とした偽装離婚ではないか、などと話題になっていますが、では本当に強制執行逃れが目的の形だけの離婚だったとして、その離婚は民法上離婚としての効果を認められないのでしょうか。
学説・判例では「離婚意思」のない離婚は無効とされています。偽装離婚はこの離婚意思がないので無効ではないか、とも思えますが、判例はいくつかのケースで有効と判断しており、その中には強制執行逃れが目的だったものも含まれています。それらの事案で、「離婚意思」は存在すると認定されているのです。偽装離婚と呼ばれるような離婚でも存在が認められる「離婚意思」。その中身はどのように考えられているのでしょうか。
目次
1.離婚に必要なものー「離婚意思」と「届出」
民法が定める協議離婚の要件は「戸籍法の定めるところにより届け出ること」すなわち離婚届を提出することです(民法764条、739条)。同時に、この届出の際には離婚をすることについての夫婦の意思の合致が必要です。条文はないのですが、協議離婚は夫婦の協議で行われることからも、当然そのように解されています。夫婦の一方が同意していなかったり、全く知らないうちに提出された離婚届が無効なのは言うまでもありません。この離婚をする意思のことを「離婚意思」と呼びます。
2.離婚意思とはどのような意思?
しかし、「離婚をする意思」といっても、それは具体的にどのような状態を意図することなのでしょうか。別居して生計を別にして、性的関係も持たなくなる意思でしょうか。たしかに典型的にはそうかもしれませんが、世間にはいろいろなケースがあるはずです。そういった何らかの事実上の生活関係の変動を意図しなければならないのだとすると、線引きが難しくなるのはたしかです。それでは、事実上の生活関係の変動は度外視して、離婚の手続を取る意思、すなわち離婚届を出す意思さえあればよいと割り切るべきなのでしょうか。それならばいわゆる偽装離婚もつねに有効ということになりそうです。
このように、「離婚意思」の中身をめぐっては学説の対立があります。実は婚姻や養子縁組にも同様の問題があり、全部の場合を統一的に説明できたほうがよいという感覚もあるため、なかなか複雑な議論が行われているところです。
実質的意思説
社会習俗上「離婚」とみられるような生活実態をめざす意思が必要 →偽装離婚は無効
形式的意思説
離婚の届出をする意思があれば十分 →偽装離婚も有効
法的意思説
身分行為の効果の基本的な一部の意欲または認識があればよい →偽装離婚は有効だが偽装婚姻は無効となりやすい
3.判例① 強制執行逃れ目的の離婚ー大審院昭和16年2月3日判決
判例を見てみたいと思います。1件目は戦前のものですが、この問題に関して現代の最高裁判例へも引き継がれる流れを作ったと評されているものです。
3−1.事案の概要
夫が負った営業上の債務について強制執行が及ぶのを免れるため、営業財産を妻名義に移した上で離婚届を出しました。離婚届を提出した後も円満な夫婦関係が継続していましたが、後に夫は別の女性と関係を持つようになり、離婚届が出されていることを奇貨としてその女性と婚姻してしまいます。そこで元妻から離婚の無効確認を求めた事案です。
3-2.判決の概要
離婚届を出す夫婦は、それ以後一般社会から法律上夫婦でないものとして扱われることを知ってその届出をするのが通常である。事実上夫婦関係を継続する意思を有しながら届出をする場合においても、その届出後の関係は内縁関係となり、少なくとも法律上の夫婦関係は一応解消するという意思があると社会通念上認められる。このような意思はすなわち、法律上真に離婚の意思である。明確な反証のない限り、本件のような離婚届も「法律上の夫婦関係解消の意思なき虚偽の届出(原文カナ)」と認められない旨を述べて、離婚を無効とした原判決を破棄差戻し。
4.判例② 生活保護受給目的の離婚ー最判昭和57年3月26日
上記判例①の流れを汲むと思われる最高裁判例です。昭和38年にも同様の判断があったところ(最判昭和38年11月28日、戸主を変更するためにした離婚を有効と判断)、本件でもそれが繰り返されました。
4-1.事案の概要
夫は病気療養中で生活保護月約4万4000円を受給していました。妻は働いて月約2万円の収入を得ながら、家族4人の生活と夫の療養を支えていたところ、役所の福祉課の人から「妻の収入分は申告しなければならない。その分生活保護は差し引く。」と告げられました。そこで夫は妻とは別れたことにしようとしましたが、今度は「離婚届が出ていない。詐欺罪になる。」と告げられました。そのため夫婦は本当に離婚届を出さなければ詐欺罪に問われ、生活保護も削られて一家の生活が立ち行かなくなると考え、離婚届を提出しました。その翌年、夫が死亡しましたが、夫が被害者として有する損害賠償請求権があったため、これを相続する目的で、妻から検察官を相手として離婚無効確認の訴えを提起した事案です。
4-2.判決の引用
原審:以上認定の事実によれば、控訴人と亡Aとは、不正受給した生活保護金の返済を免れ、かつ引続き従前と同額の生活保護金の支給を受けるための方便とするため、法律上の婚姻関係を解消する意思の合致に基づいて本件届出をしたものであるから、右両者間に離婚意思があったものというべきであり、また右に認定した諸事情があるからといって、本件離婚が法律上の離婚意思を欠くものとして無効であるということはできない。
最高裁:原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、本件離婚の届出が、法律上の婚姻関係を解消する意思の合致に基づいてされたものであつて、本件離婚を無効とすることはできないとした原審の判断は、その説示に徴し、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。
5.判例の立場は、離婚意思=「法律上の婚姻関係を解消する意思」
判例②が述べているように、判例は離婚意思を「法律上の婚姻関係を解消する意思」としています。これは事実上の生活関係を変動させる意思とは関係ありません。ただし、単なる届出をする意思とも言い切れません。婚姻関係解消により法的に生ずる効果をめざした意思などと説明されています。そのような意思が夫婦で合致していれば、離婚は有効とされることになります。
判例①が述べるように、離婚の届出をすることについて意思の合致があったならば、通常は「法律上の婚姻関係を解消する意思」もあったといえると思います。法的に離婚の効果が発生することをまったく認識せずに離婚届を出そうと思うことは、通常ありえないからです。
6.刑事上の責任とは別問題
なお、強制執行逃れ目的の離婚が民法上有効かどうかと、刑法上強制執行妨害罪(刑法96条の2)等に当たるかどうかは別個に判断されます。
7.まとめ
判例を踏まえて偽装離婚の問題について言えるのは、夫婦で合意して離婚届を提出した以上、後から都合が悪くなったからといって偽装だったと主張しても、離婚の効果は覆らない可能性が高いということです。