離婚をした後には、財産分与を請求することができます。婚姻中に夫婦が協力して形成した財産は財産分与の対象となります。たとえば、購入したマンションはたとえ夫の単独名義でも、財産分与の対象となりえます。しかし、そのマンションを離婚後や離婚前の別居中に夫が売却してしまったらどうなるでしょうか。どの時点の財産を前提にして財産分与を考えていけば良いのかという問題です。
目次
1.財産分与の基本
財産分与とは、離婚をした夫婦の一方から他方に財産の分与を請求できるというものです(民法768条)。その内容は夫婦の協議で決めてもよいし(同条1項)、協議ができなければ家庭裁判所の審判・調停を申し立てることができます(同条2項)。離婚と同時に請求することもできますし、離婚成立後に別途請求することもできますが、離婚成立後は2年の期間制限があることに注意が必要です(同条2項但書)。
財産分与の機能としては①婚姻中に夫婦で築いた財産の清算、②離婚後に生活が苦しくなってしまう側に対する扶養、③離婚で受けた精神的苦痛に対する慰謝料の3つの要素が含まれているとされます。もっとも、②扶養の要素は、①の清算では不十分な場合に考慮されるものです。また③慰謝料については財産分与の中で考慮してもよいという判例があるものの、多くの場合は別々に処理されています。したがって、②と③は補充的な位置付けで、メインは①清算であるといえます。
2.清算の考え方
清算を考える上で、財産の名義は重要ではありません。夫婦の財産は⑴婚姻前から持っていた財産や相続で得た財産など、協力とは無関係に得たそれぞれの特有財産⑵名義はどちらかになっているが夫婦が協力して得た財産である実質的共有財産⑶名義も共有になっている共有財産の3つに分類されます。このうち財産分与の対象となるのは⑵実質的共有財産と⑶共有財産です。どのような財産がこれらに当たるかをまず確定し、その上で夫婦の分与割合を決め(基本は2分の1ずつ)、さらに現物分与か金銭分与かなどの具体的な方法を決める流れになります。
3.いつの時点の財産を対象にするかー基準時の問題
はじめに⑵と⑶に当たる財産を確定すると述べましたが、財産状態は時間の経過により変動するものです。価格も変動しますし、処分などにより財産そのものが形を変えたりなくなったりすることがあります。それではどの時点の財産状態を見て財産分与の対象を確定すればよいのでしょうか。これが財産分与の基準時の問題です。
この問題について判断を示している判例を紹介します。
4.広島高等裁判所岡山支部平成16年6月18日判決
4-1.当該事案の概要
妻から夫に対し離婚を請求しつつ、財産分与も同時に求めた事案です。夫婦は昭和48年に婚姻し、子供は4人います。離婚の理由は夫の暴力や粗暴な言動に加え、平成9年に発覚した不貞行為です。妻は平成9年3月に一度家を出ましたが、その後夫が不貞を認めて謝罪したために家に戻りました。しかし同年11月に再び別居を始め、以後はずっと別居状態です。平成10年2月頃に妻から離婚調停を申し立てましたが同年4月に不成立となり、その後離婚訴訟が提起されています。
財産分与の対象となる財産の範囲の基準時について、妻は最初に別居をした平成9年3月と主張しています。これに対し、夫は離婚訴訟の口頭弁論終結時だと主張しています。実は夫は平成10年5月と平成12年3月にそれぞれ不動産の一部を売却し、平成11年12月には不動産の一部に抵当権が実行されて既に競落されています。夫はこれらの不動産については分与の対象に含めるべきではないと主張しています。
4-2.判決の引用
一審原告は、平成九年三月中旬ころから同月下旬ころまで一審被告と別居し、一旦一審被告宅に戻った後、同年一一月一三日から再び別居生活(本件別居)をするようになり、これが現在まで継続していることに徴すると、本件婚姻は同年一一月の時点で完全に破綻したものと認められ、この時点における夫婦共同財産が財産分与の対象となると解される。
(中略)
一審被告は、別紙財産目録第一の一六及び一七記載の各不動産は平成一〇年五月二五日に売却され、同目録第一の三〇及び三八記載の各不動産は同一二年三月に売却され、同目録第一の九ないし一一記載の各不動産は同一一年一二月三日に競売開始決定がなされて既に競落されているから、財産分与額算定の基礎財産から除外すべきである旨主張するが、上記のとおり財産分与対象財産の確定時は同九年一一月とするのが相当であり、上記各売却等はいずれもその後になされたものであるから、上記各不動産は同九年一一月の時点で現存するものとして財産分与額算定の基礎財産として考慮するのが相当である。
4-3.解説
本判決は婚姻関係が完全に破綻した二度目の別居時である平成9年11月が基準となると認定し、夫の主張を認めませんでした。妻の主張する平成9年3月という時点も受け入れられませんでしたが、これはその時点ではまだ完全には破綻していなかったという判断です。一度同居を再開している以上、関係修復の試みがあったのであり、完全な破綻ではないと評価されたのもやむをえないでしょう。夫が主張していた別居後の処分済み不動産や競落済み不動産の控除は認められず、これらは現存するものとして扱われることになりました。さらに、夫は平成15年11月時点で存在している負債についても主張していましたが、それらが平成9年11月以前に発生したとは認められないという理由で、計算には入れられませんでした。
一方で、夫が主張していた税金については一部計算に入れる旨判断されました。これは、夫婦が協力して会社を経営していた際に経理を担当していた妻が操作して行った脱税が原因となっている重加算税や延滞税等であり、既に修正申告して納付したものや、今後納付しなければならないものが含まれています。夫の主張ではその合計として1億円を控除すべきとされましたが、裁判所の概算では7200万円となりました。こうして、平成9年11月時点の財産を評価した合計額7億2478万7137円から、それら税金の概算額7200万円を控除した差額6億5278万7137円が財産分与の基礎として確定されました。妻の寄与分については2分の1と認められたので、価額にして3億2639万3568円が妻の取り分となり、具体的に妻が分与を受ける預貯金や不動産、金銭で受け取るべき額までが詳細に示されました。
財産分与の対象となるべき財産の範囲を決める基準時については、2通りの考え方があります。
別居時説:財産分与に含まれる清算の要素からすれば、夫婦の協力ができていた時までの財産が対象となるべきなので、それが終了した時点である別居時(破綻時)が基準となる。
離婚時説:財産分与は離婚の効果であり、離婚によりはじめて権利が発生するので、離婚時に存在した財産が対象となる。
本判決は「完全に破綻」した2度目の別居時を基準時としているので、別居時説の考え方を明らかにしたものといえます。
もっとも、別居時に立つとしても、別居後の事情を一切考慮しないのでは妥当な解決とならない場合があります。本判決も、別居後の事情と思われる脱税の件を考慮に入れています。このように、別居時を基本的な基準時としながら、その後の財産変動も考慮して妥当な解決を図るのが現在の実務の大勢であるといわれています。
なお、基準時の問題はもう一つあります。対象となる財産の範囲の確定した後、それらの財産の評価額を決定するための基準時はいつかという問題です。不動産や株式など価格が上下するものに関して特に利害が生じます。こういうものはできるだけ近い時期で認定する方が双方の公平にかなうという観点から、裁判時を基準とすべき(訴訟であれば口頭弁論終結時)とされています。本件では、不動産については夫側の出してきた鑑定結果と裁判所で実施した鑑定結果の平均値をもって評価額とすると判断されており、その評価基準時は裁判時といえます。
5.まとめ
夫婦の実質的共有財産であるマンションを離婚後や別居後に夫が勝手に売却してしまったとしても、財産分与に際しては現存するものとして扱って評価額を出すことになります。その上で、現物はなくなってしまっているので夫に代償金の支払いを命じるなどの処置がなされるでしょう。
以上を踏まえて現実の対策を考えるならば、財産分与を請求する側としては、安易に現状を前提として協議等に応じると損をする可能性があること、財産分与を請求される側としては、財産分与が終わっていない段階での財産処分にはリスクがあることが、それぞれ覚えておくべきポイントといえます。
関連する法律・条文引用
民法768条