別居中の夫婦間などで婚姻費用の分担額を協議したり、離婚にともなう養育費を協議する際、近年よく参考にされているのがいわゆる「算定表」です。算定表は子供の数と年齢の組み合わせによって数種類用意されており、該当する表を選択し、自分と相手の収入を当てはめて金額を導き出せるようにできています。
このような算定表がなぜあるのか、どのような理屈で数字が導かれているのか、裁判ではどのように扱われているのかなどを解説します。
目次
1.婚姻費用の考え方
婚姻費用とは婚姻家族が必要とする生活費のことで、民法760条により夫婦間で分担すべきものと定められています。
円満な家庭であれば、夫と妻の収入を合わせて家族全員の生活費をまかなっているので、実際に分担が問題となることはありません。しかし家庭が不和となり別居状態になると、片方の収入から子供を含めた家族の生活費を支出する状況となり、生活費が不足します。そこで残る片方に生活費の分担を請求する必要が生じます。
婚姻費用の分担義務はいわゆる生活保持義務であり、相手に自分と同等の暮らしをさせられるだけの負担をすべきであり、余裕があれば助けてあげるというだけでは足りないとされます。
このことを算定に反映すると、基本となる考え方は、双方の収入に応じて均等に分担するということと、面倒をみている子供の数に応じた按分により分担するということになります。子供の数といっても、単純に頭数ではなく、小さい子供は大人ほどの生活費はかからないし、大きい子供は大人に近い額がかかってくるということを前提にしなければなりません。また、そもそもの収入はたとえばサラリーマンの手取り額全部ではなく、税金や社会保障料、仕事をする上で支出を余儀なくされる費用などを適切に控除した上で、実質的に生活費に回せる額を把握する必要があります。
2.算定表が生まれた背景
このような婚姻費用の考え方を具体化し、事件ごとに適切な金額を算定するために、従来は相当の時間と手間を要していました。これをできるだけ簡略化し、家庭裁判所実務の迅速化をめざす研究会が裁判官らによって立ち上げられ、平成15年4月にその研究報告として提言されたのが「標準算定方式」であり、その算定結果を表にまとめてより簡易に利用できるようセットにして提示されたのが「算定表」です。
標準算定方式は、それまでの家庭裁判所で行われてきた算定の実務を基本としながら、統計資料等を踏まえてできる限り算定手順を簡略化したものです。たとえば、総収入から控除されるべき税金や経費などは、法律所定の税率や統計に基づく標準的な割合を採用することにし、いちいち実額を調べなくていよいようにしました。また、子供がいるとどのぐらいの生活費がかかるかについては、生活保護基準や教育費に関する統計から定めた指数(大人は100、15歳〜19歳の子供は90、14歳以下の子供は55)を採用し、これにあてはめて計算すればよいようにしました。
3.算定表が前提としている計算式
標準算定方式における婚姻費用の算定手順は次のとおりです。
①権利者(婚姻費用を請求する側)、義務者(婚姻費用を請求される側)それぞれの総収入からそれぞれの「基礎収入」を算出します。基礎収入は総収入から公租課税(所得税・住民税・社会保障料等)、職業費、特別経費を控除した残りの額で、いわば生活費に回すことのできる収入です。この部分は上述のとおり標準的な割合で計算されます。
②家族全体の基礎収入のうち、どれだけの割合が権利者世帯に振り分けられるべきかを、上述の生活費指数を用いて算出します。家族全員の生活費指数に対する権利者世帯の生活費指数の割合をもって、振り分けるべき割合とします。たとえば、10歳と16歳の子供が権利者と同居し、義務者は1人で暮らしている場合、その割合は(100+55+90)/(100+100+55+90)となります。
③権利者と義務者の基礎収入を合計し、②の割合をかけた額を算出します。これが、権利者世帯の生活費ということになります。
④③の額から権利者の基礎収入を引きます。これが生活費の不足額ということになり、義務者に請求できる部分となります。
⑤場合により、特別の事情を考慮して金額を調整します。
総収入の額ごとに、①〜④の計算結果をあらかじめ示しているのが算定表です。また、その計算結果は上限と下限による幅のある数字として示されており、⑤の調整も通常はその範囲内で行えばよいようになっています。
4.算定表の用いられ方
算定表は現在、家庭裁判所の調停や審判で広く用いられ、実務に定着しています。当事者どうしの話し合いにおいても、算定表をベースにすることで合意形成しやすく、妥当な結論に至りやすいと言われています。
算定表が提唱されてから3年ほど経過した時点で、最高裁として初めて算定表の合理性を認めた裁判例をご紹介します。
5.最高裁平成18年4月26日決定
5-1.概要
別居中の妻から夫に対し、婚姻費用の分担を請求した事件です。15歳〜19歳の子供が1人と14歳以下子供2人の合計3人が妻と一緒に暮らしています。夫は自営業で総収入は約738万円、妻の総収入は約119万円と認定されました。家庭裁判所の審判では算定表(表17)を用いた結果、夫に対し月21万円の婚姻費用分担が命じられました。夫が抗告し、審判では所得から控除すべき所得税、住民税、事業税を控除していないと主張しました。抗告審は算定表に基づいた算定結果を肯定しながら、所得税等については還付金があったことを理由に控除する必要はないのだと説示しました。これに対して夫は、還付金はあったが納めている所得税もあるのだから控除すべきだと主張して、最高裁に許可抗告を申し立てました。
5-2.判決の引用
「原審は,抗告人の所得金額合計830万3197円から社会保険料等を差し引いた738万1130円を抗告人の総収入と認定し,この総収入から税法等に基づく標準的な割合による税金等を控除して,抗告人の婚姻費用分担額算定の基礎となるべき収入(以下「基礎収入」という。)を推計した上,抗告人の分担すべき婚姻費用を月額21万円と算定したものである。以上のようにして婚姻費用分担額を算定した原審の判断は,合理的なものであって,是認することができる。」
「もっとも,原審は,源泉徴収税額が所得税額を上回っていることを理由に94万8972円が還付されているのであるから,所得税を控除することはできないとも説示している。しかし,原審は,上記のとおり総収入から基礎収入を推計する過程において所得税を控除しているものであって,原審の上記説示は,適切を欠くものといわざるを得ないが,その結論に影響するものではない。」
5-3.解説
決定文には「算定表」や「標準算定方式」という語が出てきませんが、総収入から基礎収入を推計したという表現が算定表を用いたことを指しており、そのような算定方法は合理的だとしています。
前述のとおり、標準算定方式では総収入に一般的に認められる税率や経費の割合をかけて控除し、基礎収入を算出します。それは本決定のいうとおり「推計」の性質を有します。算定表はその推計結果がすでに織り込まれているものであり、だからこそ便利なのです。算定表を用いるときには総収入だけを見るので、一見すると総収入から何も控除していないように見えるかもしれませんが、実は総収入から基礎収入を推計し、それに指数をかけて出た分担額が記載されているのです。
基礎収入は自営業の場合、おおむね総収入の52%〜47%になるとされます。妻の基礎収入を40万円と仮定して本件を逆算してみると、夫の基礎収入は約349万円(総収入の約47%)となり、諸々の控除がなされていることが見て取れます(本件では特殊事情も考慮して分担額を決定してるので、実際の基礎収入はこの通りとは限りません)。
控訴審が所得税や住民税や事業税を控除しなくていよいなどと説示したのは誤りで、当時は裁判所においても算定表の意味に誤解があったことがうかがわれます。しかし、ともかくも算定表を使った以上、結果的に所得税等を控除して合理的な算定を行っており、結論は変える必要がないということで、夫側の抗告は棄却されました。
5.まとめ
以上のとおり、算定表は現在ではその合理性が広く承認され、実務に定着しています。もっとも、本稿では詳しく述べることができませんでしたが、算定表によることが著しく不公平となるような特別の事情がある場合には金額を調整することもあり、典型的な事情がいくつか存在します。算定表の金額に満足できないとしたら、そのような特別の事情があるためかもしれません。このようなケースでは、弁護士への相談をおすすめします。
関連する法律・条文引用
民法760条