年金分割には、合意分割と3号分割という2種類の制度があります。3号分割は専業主婦(主夫)を対象に、簡便な手続で年金分割を行えるようにした制度で、按分割合も2分の1に固定されています。ただし、婚姻期間中に3号被保険者であった期間についてしか請求できず、しかも平成20年4月1日以降の分に限られるという制限があります。
これらの要件を満たしていない共稼ぎ夫婦の年金分割や、平成20年3月以前についての年金分割を請求するには、合意分割によることになります。
目次
1.年金分割の基本的な仕組み
年金分割は、離婚により将来の年金受給額に不均衡が生じる懸念から低所得配偶者を救うため、財産分与と類似の発想で、年金の受給額を夫婦間で公平になるよう調整する制度です。受給額そのものを分割するわけではなく、次の考え方をとります。
年金には、誰でも一定額を受け取れる国民年金の部分と、企業等で働いている人が収入額に応じて保険料を納め、それに応じた年金を受け取ることのできる厚生年金の部分に分かれます。この厚生年金で納めた保険料について、夫婦間で分割して記録を書き換えます。
このとき、収めた保険料については、「標準報酬」という数値で記録されています。標準報酬は、実際の収入額を等級的に把握したもので、給与に当たる「標準報酬月額」と賞与に当たる「標準賞与額」とからなります。婚姻期間中の標準報酬を多い方から少ない方に移動することが、すなわち納めた保険料の記録を分割することを意味します。こうすることで、将来受け取る年金の額を公平にする仕組みになっています。
2.合意分割の流れ
合意分割は、次のような流れで行います。
①離婚等
↓
②年金分割のための情報通知書の取得
↓
③按分割合の決定(①と同時の場合も)
↓
④標準報酬改定請求(①から2年以内)
↓
⑤改定・決定
↓
⑥通知
3.合意分割の具体的な手続
上記の流れに沿って説明します。
①離婚等
④の分割請求に先立って、離婚が成立している必要があります。ただ、③の按分割合の決定は離婚自体の協議や調停、裁判等と同時に進めることも多いです。
また、例外的ですが婚姻の取消し、事実婚(一方が3号被保険者になっていたものに限る)の解消をした際にも利用できます。これらの事由を証明する書類として、戸籍謄本等の書類を請求の際に添付する必要があります。
②年金分割のための情報通知書の取得
年金事務所では、対象期間、標準報酬総額、按分割合の範囲などの年金分割を請求するために必要な情報の提供を行っています。按分割合を考える際には前提にしたほうがよく、特に裁判所の調停や審判等を利用する場合には、申立ての添付書類とされているため必ず必要になります。
取得するためには、情報提供請求書を年金事務所に提出します。この手続には相手方配偶者の関与は必要ないので、年金分割をするかどうか、あるいは離婚をするかどうかの検討の段階で取得する方もいます。
詳しい取得方法については、よくあるご質問「年金分割のための情報通知書の取得方法は?」をご覧ください。
③按分割合の決定
3号分割の按分割合が2分の1に固定されているのに対し、合意分割では別途、請求前に按分割合を決定することが必要です。
ⅰ)按分割合の上限と下限
按分割合を決める際の上限は2分の1、下限は2人の標準報酬合計額に対して標準報酬の少ない方が占める割合です。たとえば、婚姻期間中の夫の標準報酬合計額が6,000万円、妻の標準報酬合計額が2,000万円だとすると、2人の合計額8,000万円に対して妻の方が占める割合は4分の1です。したがって、按分割合は25%~50%の割合で決めなければなりません。
ⅱ)按分割合の決定方法
ア 合意による按分割合の決定
当事者双方が上記の範囲内で按分割合を合意していれば、その割合に従います。ただし後述のとおり、請求の際に証明書類を添付しなければならないので、合意文書は公正証書等の所定の形式で作っておく必要があります。
イ 調停・審判による按分割合の決定
按分割合についての当事者の協議が整わない場合には、家庭裁判所に対してその決定を求めることができます。その場合、手続は家事審判になりますが、調停を申し立てることも可能です。審判を申し立てた場合に職権で調停に付されることもありえます。調停は基本的に、当事者同士が調停委員を介して話合い、合意による解決を目指す手続です。審判は裁判所が事実を調査して、裁判所の判断で事件を解決する手続です。調停の成立または審判の確定について、所定の証明書類の添付が必要です。
ウ 人事訴訟・訴訟上の和解による按分割合の決定
按分割合の決定については、離婚訴訟において附帯処分として申し立てることも認められています。この場合、離婚が認容される判決の中で、按分割合についても判断されます。また、この附帯処分の申立てがされている離婚訴訟において、離婚成立とともに按分割合を定める内容の和解が成立する場合もあります。判決の確定または和解の成立について、所定の証明書類の添付が必要です。
なお、裁判所の判断で按分割合が決定される場合には、特段の事情がない限り2分の1になります。財産分与では寄与分を2分の1とするのが裁判実務の主流であること、厚生年金は夫婦双方のための老後の所得保障という社会的機能を果たしていること、3号分割が2分の1に固定されていることとバランスを取るべきであることが理由とされています。
④標準報酬改定請求
③が決定されてから、さらに年金事務所への請求手続が必要です。裁判所の手続で按分割合が決定されたとしても、自動的には年金分割されません。次の期限が迫っている場合には特に注意が必要です。
年金分割の期限は、次のように決められています。
【原則】
離婚等の成立から2年以内
【例外】
1.以下に該当した場合、その日の翌日から起算して6カ月まで、分割請求することができます。
- 離婚から2年を経過するまでに審判申立を行って、本来の請求期限が経過後、または本来請求期限経過日前の6カ月以内に審判が確定した。
- 離婚から2年経過するまでに調停申立を行って、本来の請求期限が経過後、または本来請求期限経過日前の6カ月以内に調停が成立した。
- 按分割合に関する附帯処分を求める申立てを行って、本来の請求期限が経過後、または本来請求期限経過日前の6カ月以内に按分割合を定めた判決が確定した。
- 按分割合に関する附帯処分を求める申立てを行って、本来の請求期限が経過後、または本来請求期限経過日前の6カ月以内に按分割合を定めた和解が成立した。
2.分割のための合意または裁判手続きによる按分割合を決定した後、分割手続き前に当事者の一方が亡くなった場合は、死亡日から1カ月以内に限り分割請求が認められます。(年金分割の割合を明らかにすることができる書類の提出が必要です。)
請求するには、標準報酬改定請求書を年金事務所に提出します。添付書類等は、当事者が片方だけ行くか、両方行くかにより異なります。
ア 当事者片方だけの場合:次のいずれかを添付
- 年金分割と按分割合についての当事者の合意文書(公正証書か公証人の認証付きの私署証書の形式に限る)
- 按分割合を定める確定した審判の謄本または抄本
- 按分割合を定める調停調書の謄本または抄本
- 按分割合を定める確定した判決の謄本または抄本
- 按分割合を定める和解調書の謄本または抄本
イ 当事者双方(代理人可)の場合:次のいずれも持参すれば、アによらなくても可
- 年金分割と按分割合についての当事者の合意文書(自署のあるものに限る)
- 当事者本人なら本人の身分証明書類、代理人なら委任状(実印)+印鑑登録証明書+代理人の身分証明書類
⑤標準報酬額の改定・決定
請求を受けた年金事務所では、まず改定割合を算出します。改定割合とは、③で決定された按分割合を基礎として、再評価率の相違を是正し、かつ計算を単純にするために操作した割合のことで、次のように計算されます。
(按分割合ー(少ない方の当事者の対象期間標準報酬総額/多い方の当事者の標準報酬総額×(1ー按分割合)))/(按分割合+((少ない方の当事者の再評価率を適用して計算した多い方の当事者の対象期間標準報酬総額/多い方の当事者の標準報酬総額×(1ー按分割合)))
按分割合は、2人の標準報酬を合計した額に対してのパーセンテージです。これを合計前のそれぞれの標準報酬額に掛けて用いられるように操作したのが、上記式の分子部分に当たります。分母部分は、再評価率といって、被保険者期間中の賃金上昇率に応じて受給額を調整するための数値が対象期間と年齢により定められているところ、これが当事者双方で異なりうることを前提に、本来の再評価率を適用した場合に比べて有利不利が生じないよう是正する意味があります。
次に、改定ないし決定をします。標準報酬の合計額が多い方の当事者については、標準報酬月額・標準賞与額とも各月ごとに改定をしていきます。夫の方が多い例で計算式を示すと、次のようになります。
(改定前) (改定後)
夫の標準報酬月額 → 夫の標準報酬月額×(1ー改定割合)
夫の標準賞与額 → 夫の標準賞与×(1ー改定割合)
標準報酬の合計額が少ない方の当事者についても、同様に改定ないし決定します。もともとゼロだった月については、被保険者期間であったとみなし、新たに標準報酬を創設するので決定といいます。
(改定前)
妻の標準報酬月額 → 妻の標準報酬月額+夫の標準報酬月額×改定割合
妻の標準賞与額 → 妻の標準賞与額+夫の標準賞与額×改定割合
⑥通知
改定・決定の結果は、両当事者に通知されます。
なお、改定・決定された標準報酬は、将来に向かってのみ効力を有するとされます。すでに年金を受給している方の場合、改定・決定により年金額が変わるのは、請求のあった日の属する月の翌月分からとなります。